第一回Kino-Kuni文學賞発表

*受賞された方へ

第一回の応募総数は、952通(その内ネット応募745通)でした。

 

 賞金と賞状の振込手続きが終了しました。

 今回の応募作は他媒体への応募はすべて自由です。受賞作に限り、他媒体にて出版の際には、念のため主催まで問い合わせてください。ぜひ、Kino-Kuni文学賞が皆様のお役に立てるよう、祈っております。

 

紀州文芸振興協会 事務局

 

第一回Kino-Kuni文学賞へのご応募、誠にありがとうございました。想定以上のご応募を頂き、一同、感謝をしております。文學離れが叫ばれて久しい昨今、沢山の方が、ここまで意欲を持って応募されていることが、委員会の一番の発見でございました。

 

今回、受賞した方や選外になった方には、「ほとんど日本で流通していない文体・文章の方」「日本で売れていないジャンルやテーマの方」も含まれています。当賞に応募する場合は「売れるか売れないか」ではなく、「書きたいか、書きたくないか」に寄って下さい。大型文學賞が販売力を求める昨今、地方文学賞が果たす役割とは、多ジャンル・多テーマ・多様な価値観の作品を排出出すことです。

すべての作家業に言えることですが、「必ず売れるジャンル」があり、作家の誰もがそこを狙うようになった時、文化は終焉に向かいます。文化とは異質なもの同士の融合によって芳醇な時を迎え、その異質さを下支えするのが、地方自治体がボランティア精神で作っている地方文学賞の役割です。9割の人が批判的であっても、1割のコアファンがつけばプロになれるということを、沢山のジャンルや文學があふれかえる時代を生きる、これからの作家にはご承知いただきたいと思っております。

 

その為、是非、自分のメインテーマで書いてみてください。今回、セックスと恋愛テーマが散見されましたが、それぞれの作者のメインテーマは別にあるんだろうと感じる出来でした。己のメインテーマを全部捨ててまで、セックスと恋愛をテーマにした場合、それは、作者の人生を反映させ、読者の視点に成り代わるモノたりえましょうか? 「王道のストーリー展開」で「作者の独自性を小さく挟んでいく」ことを重要視しつつ、己が何故文學を志したのかを、忘れないようにしてください。(※セックスと恋愛テーマだから、選考から外した作品は一つもありませんのでご安心ください)

 

 

選評結果については、2月頃から、順次配送致します。応募原稿用紙総数20万枚を超えていることなど、当初の予定を大幅に上回った結果ですが、皆さまの熱意にこたえられるように、第二回の締め切りまでには講評を送り終えたいと思います。尚、メールアドレスがある方には、メールで講評を送ることになります。大賞・優秀賞・佳作に関しましては、HPでの選評と変えさせて頂きます。

  

最後に。どうか、今後も書き続けてください。選外になった方のなかにも光るものが多数あり、もう少し工夫すれば大賞も取れるのに……と泣く泣く選考落ちにしたものも多数見受けられます。書き続け読み続け、己の傾向を学び、どのテーマやジャンルや作風であれば一番読者に訴求しやすいかを分析してください。書き続けることと勉強することができる人は、すでに作家世界に足を踏み入れている人です。

大賞受賞作 『感染する狂気』藤井方幸

「完璧な文章などといったものは存在しない。完璧な絶望が存在しないようにね。」

これは、村上春樹の小説「風の歌を聴け」の一節だ。文章には文体、文法、単語、表記、構成、リズム、句読点の位置、文字数などさまざまな要素があり、組み合わせのパターンは天文学的な数字になる。その中でただ一つの答え、すなわち完璧な文章は存在しないのだろうか。YESであり、NOである。そもそも数学のように、一つの解が導き出せる問いではない。ただ一つの答えとは、書き手の中にしか存在しないのだ。しかもそれは、常に変化し続けるものである。仮に完璧な文章を書きあげたとしても、時を経て読み返したとき、それが完璧であることはほぼ皆無である(少なくとも、私はそうだ)。だから、納得・満足といったレベルで折り合いをつけ、過去を振り返ることはせず、新たな次の文章を生み出していくのだ。

では、狂気を抱えた書き手はどうだろうか。永劫という時間軸と、宇宙という空間軸の中で、唯一無二の完璧な文章を追求する書き手は、無限地獄の中をさまよう以外にない。本作は「文章」「文体」という芸術・文学にスポットを当て、狂っていく天才青年の姿と、それに感染していく青年の絶望を描いている。

 

大学の文学部に属するアルパカと山猫は、たぐいまれな文章創作の才能を持っている。あらゆる作家の文体を模倣できるアルパカと、オリジナルの天才的な文章力を持つ山猫。山猫の才能には、アルパカも嫉妬を覚えるほどだった。しかし、山猫は決して自分の作品を書こうとしない。既存の作品を自らの文体で書き換え、より良い作品に昇華させる、いわゆる二次創作しか行わないことに、アルパカは激しく噛みつく。それに対し、山猫は言う。

 

「語られる内容も、それを語る言葉も、既に語り尽くされている。俺たちがすべきは、俺たちにできるのは、それをより優れた文章で語り直すこと、せいぜいそれだけだ」

 

山猫はやがて狂気を深めていき、新聞やメールなど、目に入る全ての文章を書きなおしたい衝動に取りつかれる。そしてついには、自分が書いた文章すら書きなおすようになってしまう。一方、山猫と異なる価値観を持ち、新しい文学の可能性を信じ続けているアルパカは、彼に負けない狂気をまとって、創作に打ち込んでいく。しかし狂気に蝕まれたアルパカもまた、自分の文体を見失い、ついには何も書けなくなってしまう。

 

 

そんな彼らを、そばから俯瞰し続けているのが、同じ文学部のコウモリだ。平凡から脱することを願って、狂気に感染すべく、山猫やアルパカに近づいていたコウモリ。うすら笑いを浮かべながら、二人が狂っていく様をただ見つめる彼こそ狂人だと、アルパカは気づく。そして彼だけでなく、全ての人々を「気狂い」だと言い放つ。

 

自分はまともだと思い込んでいる気狂い。まともなふりを演じている気狂い。気狂いでもないのに気狂いを演じている、つまり正真正銘の気狂い。気狂いに憧れる気狂い。ただの気狂い、どこにでもいる普通の気狂い。何にしろ、まともな奴なんて唯の一人だっていやしない。どいつもこいつも、気狂いだ。

 

 狂気とは何か。狂人とは誰か。文学を追求する若者たちの“狂気”を通じ、その問いに答えを出したところで、物語は唐突に終わる。アルパカは、山猫やコウモリの行く末に言及しているが、自己のそれには一切触れていない。それは、狂気の中で生きることへ絶望し、その現実と向き合うことを拒否した成れの果てであった。どんよりとした不吉な予感が広がっていき、ひとりの青年の世界が崩壊するまでを、巧みな「文章」「文体」で描いた作品である。(コエヌマカズユキ審査員)

紀州文藝振興協会特別賞

『一票!』 芝野友基

 主人公は平凡な少年。ある日、突然父が選挙に出ると言いだして家族の間はぎくしゃくし始める。収賄で逮捕された市長の娘「綾」が現れ、一家は大騒動となる……という筋立てだが、エンターテイメント小説に必要なキャラクター・設定・物語の起伏がきちんと練られている。終わり方も、エンターテイメント小説が何かを知っているものだった。

 文章も軽妙でテンポが良い。台詞の軽さと重さは、生まれ持ったリズム感と、生育環境で育まれた洗練度合、勉強による語感の訂正によって決まる。そして、なかなか日本では、語感の軽い作家は出にくい。どうしても、長い文章で説明しようとする。それ故に、読書は、少し文学的素養のある読者のみの専売特許となって来た。ライトノベルに移行してようやく軽い文章も出たが、少し前までは、文学的素養のある読者は読めない結果となった。『一票!』の作者は、エンターテイメント小説の中でも、ライト文藝などのやや軽めの場所で成功する作者だと思う。文學的素養のある人々と、文學に親しみのない人をどちらも取り込める、まだ生まれたばかりの巨大市場だ。自分のテンポの良さには、自分では気付きにくいが、紛うことなき長所の一つである。大事にしてほしい。

 ただ、「テンポが良い文章」と「軽率な文章」は近しい。創作的インプットを減らす「軽率」に落ちてしまうし、ところどころ(おそらく書いている日が違うのだと思う)文章の圧が軽くなり、軽率にみえる場所がある。一度に書き切ることは難しくても、自分のなかの圧を一定に保つ術を、更に手に入れて欲しいと思う。もう一点だけ難を言えば、キャラクターの台詞がやや真実味に欠ける。特に序盤では、書き慣れていない為か、主人公が相槌をうつだけの存在になっており、他が良い分、もったいない。最後まで書き切った後に、序盤の不慣れな部分を訂正する胆力をもてば、もっと良い作家になるだろう。

 「選挙」の裏舞台をモチーフにしたところもよかった。応募作の中には、モチーフ選定に失敗して、選考落ちになった作品も多数ある。作品にはどんな形であっても「発見」がなくてはならず、その「発見」の一部として、「普通の人が知らない世界を描く」は良手である。モチーフ選定に成功している点を見ても、構成をみても、かなりエンターテイメント小説を勉強しているなと感じた。次の作品では、是非現在の職業や、自分が身近にしていることで普通の人が知らないようなことをモチーフにして挑んでみて欲しい。もっと上に行ける作者だった。(一般社団法人紀州文藝協会)

審査員特別賞受賞作

支倉凍砂審査員特別賞 『帝網が共鳴するとき』高妻秀樹

 序盤の導入がややまだるっこしく、しばらくはどんな話になるのか皆目見当がつかないのが玉に瑕ですが、講釈師志道軒のもとに舞い込む江戸の事件簿だとわかってからは実に面白い。江戸文化のうんちくもちょうどよい具合にさしはさまれていて、上手でした。

 また、面白さの肝はなんといっても主人公の周りにいる人々のつながりでしょうか。長屋の仲間には各種芸人たちがいて、凄腕の軽業師は潜入を、手裏剣の女名手は荒事を、人の話を巧みに聞き出し薬を売りつける辻占は情報屋と、主人公の頼みを聞けばたちまち成果を出してしまう。ついでに上役も話の分かる相手となれば、痛快なエンターテイメント以外の何物でもないでしょう。話の構成は短編連作になっていて、それぞれの話がきちんと最後の大事件に連なっています。

 主人公の講釈師としての成長も最後に足されていて、おみごと、となりました。商業出版の際にはもしかしたらここ(志道軒が入牢して物語の流れからいったん外されるところ)は編集者とやりあうところかもしれませんが、そうすると志道軒に新たな設定で剣の使い手とか色々必要になりそうなので、最適解のひとつではないかと感じます。

 どこまでもエンタメに徹するのであれば、志道軒は実は剣も使えて最後にばっさばっさでも良いとは思いましたが。なんにせよ、こちらが審査するというのは恐れ多く、本来ならばお金を払って読むべきものという作品でした。 (支倉凍砂審査員選評)

東直子審査員特別賞 『プルースト』さわださとる

 八歳の誕生日プレゼントにもらった犬「プルースト」との生活を通じて、一人の少年の成長を、家族や友人との交流をからめながら、長い時間にわたって描いた青春小説。細部の丁寧な書き込みによって、母親のいない主人公の喪失感を埋めるように存在する「プルースト」の存在感が増し、心を揺さぶられる感動作に仕上がった。

 

 一方、ガールフレンドや美大の先生などの接し方が、主人公にとってやや好都合すぎるようにも思えたが、世界に浸るためのリアリティーと叙情があり、読後はさまざまなことを考えさせれた。(東直子審査員選評)

コエヌマカズユキ審査員特別賞 『ベイビーちゃん』虹乃ノラン

事件と言えば「犬が迷子になるくらい」、平和なアメリカの田舎町を舞台に、3人の少年―恐らくは中学生と思われる3人の、ある夏の日々を描いた児童文学である。毎日公園で不思議な絵を描いている、“ピカソ”ことベンジャミン。日々ジョギングをしても痩せる気配がなく、熊のぬいぐるみのような体系の“テディ”ことランドン。主人公のダニーの父で、町で唯一の保安官……といった登場人物の中、本作のヒロインは元モデルのマリールーだ。

彼女は元モデルで、NYで活躍していたが、事故に遭い故郷であるこの町に戻ってきた。「前向性健忘」という記憶喪失にかかっており、新しいことを覚えられない。そんな彼女に、少年たちは「ベイビーちゃん」と名付けるのだった。彼女に興味を覚えた彼らは、(おそらくは)童貞ならではの好奇心と無鉄砲さで接触し、ポラロイドカメラとペンを持たせ、自分たちの写真と名前を書いてもらい、認識してもらうことに成功する。そして交流を深めていく中で、淡い感情が生まれていくが、思わぬ事件に遭遇し、一緒に解決を目指す……といった物語だ。

事件と言っても、それは犬の迷子と大差ない(あくまでも物語の中では)、何とも平和な内容である。犯人はいるにせよ、悪意を持った人物は一人も登場しない。正直、ストーリーに目新しさもない。悪く言えば、可もなく不可もない物語ということになるのだが、この物語は、本編では描かれていない続編を連想させる。

例えば数年後、憧れのマリールーが結婚することになったとき、少年たちはどんな感情を抱くのか。少年たちはどんな職業につき、どんな将来を歩むのか。仲間たちの間に亀裂が走ったとき、どんな行動を取るのか、など。本作が平和な分、人生において直面を避けることができない、嫉妬や妬み、恨みなどに直面したとき、ドラマが生まれそうな予感を感じさせる。そういう意味で、想像力をかきたてる作品である。(コエヌマカズユキ審査員選評)

 

優秀賞受賞作

優秀賞 『竜を呼ぶ弓』朝羽岬

話の構成の点では、この短編が一番すごかったと思います。とにかく無駄がない。子供っぽい主人と、そんな主人に仕える堅物の主人公、という関係性が上手に書けていたので、最後の落ちがとてもよく生きていました。主人公が優秀な軍師であることを示すエピソードも、きちんと最後につながっています。短い話ながらも、そこに出てくる要素がすべて意味を持っていまして、壁に掛けられた銃ならぬ弓は確かに射られていました。

小説は長く書くより短く書くほうが難しいので、これだけ構成要素を使いこなせた著者の方は、自信を持ってよいと思います。(支倉凍砂審査員選評)

優秀賞 『ヴァルス』緒方優子

 サーカス団のメンバーのみすぼらしい少年「ヴァルス」との主人公の少女との心の触れ合いを詩情豊かに描いた作品。姿が醜いため映すと鏡が割れる、という街の評判を知りつつ、鏡をヴァルスに貸してあげる少女の心のやさしさと勇敢さに心魅かれた。昨今の、差別意識からくるいじめ問題を思い出しつつ、ファンタジーならではのやわらかいアプローチによる吸引力がある。特にラストシーンは示唆に富み、すばらしい。(東直子審査員選評)

佳作受賞作品

『不死の遺書』渡り烏(ワタリガラス)

素直に面白かったです。ある人物の死をめぐって調査員が派遣され、死者と関わりのあった人たちの発言録によって話が進んでいく形式ですが、のっけから提示される状況によって、読者は間違いなく、アレだな? と予測をつけるように仕向けられています。すると、なあんだよくある話だなあと思うわけですが、それはあっさり作中で言及されてしまい、おや、となる。しかも、アレだとすると、冒頭の記述が謎のままに残る……となった時点で、最後まで読者をひきつける素地が出来上がっているわけです。死者の話を聞かせてくれる人々の語り口も、いかにもな感じで、こういう短編によく合っています。落ちもきちんとついていて、とても上手だと思います。(支倉凍砂審査員選評)

『青い写真』 鴫原慎一

「方言」を使える作者は、強い。グローバル化によって台詞も均一化していく中で、「方言」が使える作者は、それだけで長所だ。また、映像化に適した作品をつくれる作者だと感じる。映像がパッと目の前に浮かんでくる作品であり、作者にとっても、「書きたい絵が頭の中に浮かび、それを文章化している」状態ではないかと感じる。映像先行傾向の作者は、感傷に引っ張られて作品が中だるみすることも多い。しかし、この作者においては、冷静な文章で最後まで読者の為に書き切っている点にも力を感じる。まだ書き慣れていないところが見え隠れするため、「継続して書くこと」「賞に送り続けること」に重点を置いてほしい。今後の活躍に期待できる作者だった。(一般社団法人紀州文藝振興会)

『日々是好日』 森瀬ユウ

男二人と女一人のエンターテイメント青春文学。王道を行く作品ながら、最後まで手を抜かずに丁寧に書いており、手触りが鮮烈。「はい、そうします」「そうですね」などの相槌言葉は効果的に使えるのは、感情がマイナス方向に向かっている時か、抒情的な時であり、多用しない方がいい。師匠とする小説家の台詞部分だけを抜き出してみて、作家たちがどんな工夫を凝らしているか勉強するのもいいだろう。とは言っても、台詞部分が目立つ程度に、表現力、文章力、作品の書き慣れに評価が高い。「茶道」というモチーフ選定も悪くない。次はモチーフと台詞に注意しながら書いてみて欲しい。かなり上まで羽ばたける作家だと感じた(一般社団法人紀州文藝振興会)

『名残雨』 古橋智

相当な良作だった。時代劇を書ける人と書けない人は、両極端だ。江戸時代物は、剣客ものであっても、どこかに人情味が必要だ。かもその「人情味」のバランスを取るのも難しい。この作品は、最後の主人公の余韻、主人公が斬らねばならぬ相手に感じる感情、江戸ものとしての背景設定、すべてにおいて一級品だった。余韻を伝えるには文章力がなければならないが、そもそもの文章力が高い作者なので今後にかなりの期待が持てる。

 願わくば、次作では「モチーフ」の選定に力を入れて欲しい。手を付けている人が少ない職業や背景や、他の作品にはないものを一つ入れてほしい。これだけの実力があるのだから、読者にとって、読もうと思う取っ掛かりになるものがあれば、ヒットを飛ばせるだろう。江戸時代ものは、映像化枠が必ずあるため、是非、このまま励んでほしい(一般社団法人紀州文藝振興会)

『マリアンナ』 遠藤さや

まず感じたのは、文章がとても上手だということです。落ち着いた文体と、懐かしい感じのするSFチックな話が良い雰囲気を醸し出していると思います。ただ、文章がうまいので作中のメイドがいかにも忠実なメイドっぽく表現できていただけに、この三段落ちの最後はその良い雰囲気を壊しているような気もしました。SF界隈にはたくさんありそうな落ちということもやや難。文章力があるので、アンドロイドのメイドと寂しさに勝てない主人の悲恋譚で押し通しても良かった気がします。(支倉凍砂審査員選評)

『マルスの統治のもとに』 No.37304

海外ファンタジー小説の日本語翻訳版は、一定層への人気が高い。この作者の文体は、翻訳小説のそれであり、作者の独自性にも繋がっている。序盤からカタカナと固有名詞が続くこと、常に冷静な事実列挙で進むことなどは、一般的な日本の文章作法としてはNOだが、翻訳小説には多い。この路線で書く作家は現状日本に少なく、作者の特異性の一つになるだろう。更に設定面でも「ノストラダムスを史実から考証」「傭兵」「姫君」など、必要な要素はすべて満たしてる。一点注意事項としては、海外小説の翻訳版を読みなれた人にとって、作者が日本人であることは大きなメリットにはなりにくい。この齟齬をどう解消していくかが、今後の作家の腕の見せ所であり、そこを解消できれば、大きく羽ばたける作者かも知れない(一般社団法人紀州文藝振興会)

『ジプソフィア』三七十

小説は、最初の一文で引き込めれば、読者は割と最後まで読んでくれる。最初の一文をしっかり練れるような作家は、きちんと最後まで読者の旅に付き合ってくれる。その意味で、この作者は、読者にとって良いツアーコンダクターになれる力がある。すでに固有の文体を獲得しており、今後はこれをどう洗練していくかによる。普通の文章技法的には、一文が50文字もあれば悪文認定を受けるが、この作者に関しては、このまま突き進んでほしいように思う。もっと詩を読み、もっと自分の師匠とする小説家の小説を勉強することで、ある日突然、化ける作家だと思う。ただ、台詞に関してはほとんど作者の気が向かってないため、意識的に台詞部分を書き、他の作者がどんな台詞を書いているかを研究してみて欲しい。ともあれ、将来性のある作家の良作だった。(一般社団法人紀州文藝振興会)

『メルクリウスの罠』 足立皓亮

長編のエンターテイメント小説としてランクイン。あらすじ・設定・人物の背景ともによく書きこまれている。作品を書く際には、「登場人物の履歴書を作る」ことが重要だが、それを実践できる作者は少ない。その点において、この作者は優秀だった。ただ、ラストに向かうにつれて、主人公の行動理由が判然とせず、終わり方にも違和感が残る。宗教・食人・セックスを扱う場合、行動原理を丁寧に描写しなければ、読者が置いてきぼりになる。書きあげた後、数か月おいて、作品を客観的に見ることも、読者のために重要である。とは言え、確かな文章力があり、次の作品が楽しみな作者だった。(一般社団法人紀州文藝振興会)

『夏の風車』 長瀬光

海外文学的な文体だが、流れるように読ませる力があった。通常の文章指導であれば、「一文が長い」「台詞と地の文のバランスが悪い」というところだが、この作者にとって、これは「作風」だと判断した。作風とは、ある種の文章の毀損から生まれてくる。欠落から生まれるのが文体であり、作風である。作者が今後文体を確立していく過程で、この佳作賞が一助になればと思った。すでに作者特有のリズム感は見え隠れしており、もっと沢山の作家の作品を読み、、既存の作家への尊敬を、己という作家への自己肯定へ変えていってほしいとも思う。何にしても、良作であった。(一般社団法人紀州文藝振興会)

『飴玉』 岡村章秀

偶然出会ったホームレスの男性との交流に至るまでの心理の機微が、独特の比喩で表現されており、読みごたえがあった。世界の片隅で生きなければいけなかった人の悲哀が、電車のシートに落ちていた一粒の飴玉を暗喩といて表現した点がユニーク。対比的に描かれる、亡くなった父親とホームレスの男性と主人公との、それぞれの交流がもう少し描き込まれていたら尚よかったと思う。(東直子審査員選評)

『幻想カルテ』泉八郎

小さな町にすむ医者が、妖異な病気をもつ患者たちとめぐりあう作品。泉鏡花を髣髴とさせる流麗な文体と描写だった。泉しかり、谷崎しかりの「少女・女性への憧れ」目線をどちらも兼ね備えた秀作だった。一行ごとに改行があるなど読みにくい点もあるため、今後はシナリオライターとしてだけではなく、小説の作法を学んでもよいかもしれない。ともあれ、耽美的な魅力と奇異さをもった良作だった。(一般社団法人紀州文藝振興会)

『私の椿鬼』 比恋乃

明治・大正の語り口調で、ささやくように語る文体。初動から引きこまれた。花魁と殺人という道具立てのなかでも、抑えた文体が悲しさを引き立てており、効果的に余韻を作っている。文体と内容が共鳴し合ってこの作品を作っていると感じた。もっとも、男性視点ではじめから終わりまで進んでもよかったと感じるが、文章力・表現力・余韻の持たせ方、すべて秀作と言えるだろう。伝えたいことがある時には、「叫ぶ」のではなく「遠くに届くようにささやく」ことが重要だが、そのことを無意識に理解しているように思える。よい作品を読ませて頂いた。(一般社団法人紀州文藝振興会)

『死んだ竜を探しに行く』 内本悠行

老婦人の大学教授へのインタビューという形式を取りつつ、だんだん意外な展開を遂げていき、引き寄せられた。ラスト、主人公が書いた新聞記事によって明らかになる、物語世界のどんでん返しも痛快な印象を残す。又、描写としての地の文と、老婦人の昔語りとで文体を使い分けた構成にメリハリがある。全体として慣用句的な表現や観念的な心理描写が目についたため、もう少し自分の感覚を表現できるよう、文章にもう少し粘りがほしい。(東直子審査員選評)

『子犬のオップが住む逆立ちの世界』 すぎしましんぱち

寓話的な作品で、幻想文学と児童文学をあわせたものとして唯一ランクインした作品。短編であれば、「世界観の提示を減らす」「ペシとミストは、どちらかだけにする」を心がけて欲しい。とはいえ、作者の「書きたいもの」が伝わってきたという意味で良品だった。作中にある「千里眼の狐が化けた話」などを、オップが語る話として、連作で書いていくことで、作者の独自性が上がると思う。期待値を含めて、佳作受賞としたい(一般社団法人紀州文藝振興会)

『霊柩車』 増谷速矢

主人公は葬儀社の社員で、霊柩車を運転している。現代小説としての起承転結もしっかり作られている作品だった。作家の役割の一つに、「読者の目の代わりになる」ことがある。この作家は、自分が他人の目の代わりになることに自覚的で、客観的に、冷静に、感情的にならずに物語を進めることが出来る。それは長所だし、ある意味で作家にとって必要吹駆けtの物だ。作家としての前提条件を満たしているため、今後は「小説」と「エッセイ」のどちらに寄らせるかを、熟考して書き続けて欲しいと思う。とてもいい作品だった。(一般社団法人紀州文藝振興会)

『正義のバトン』 内藤誉

有島武郎『小さな者へ』を髣髴とする、父から子へのメッセージ。語りたいことがある場合、そのメッセージは叫んではいけない。囁き続けなくてはいけない。そのことに自覚的な作家のため、読んでいて嫌味が少ない。震災以後、テロ以前を象徴するような作だった。「小説」ではなく「エッセイ」でもなく「詩」でもなく、「文学作品」だった。通常において、このような作品は、かなりのヒット作を飛ばした商業小説家でなければ読まれない。更に、小説賞でもエッセイ賞でも受賞できない類の作品だった。そういう意味でも、この文學賞を設立してよかったと感じる。(一般社団法人紀州文藝振興会)

『熊野の遊び歌』 芝崎修平

原稿用紙15枚におよぶ長詩。短い詩になれた人にとっては、初めは読みにくいかもしれないが、正直、かなりの良作である。一区切りごとに読んでも遜色ない出来の詩である。長い詩特有のだれたところがなく、一気呵成に読める。更に、音感がとてもいい。目で追うより、口に出した方が気持ちがいい詩だろう。もう一つ言えば、韻の踏み方が上手い。作者の意識によるか無意識かは分からないが、久しぶりに口で発音してきもちのよい詩に出会えた。是非朗読などに使ってほしい詩だし、今後作者には、ナイーブな話題を詩に読んでみて欲しい。この音感の良さは、ナイーブな話題の詩のときも、とても映えるものだ(一般社団法人紀州文藝振興会)

『かげろうの宿』 中西誠二

手慣れた文章で、32枚の短編ながら、一気に引きこんで読ませる力を持っている。小説初心者は、気を付けても五感描写を忘れがちになるし、入れようと頑張り過ぎてバランスが悪くなる。しかしこの作者に置いては読者に余韻を感じて欲しい部分での五感描写力などバランスがとてもいい。固有名詞の登場回数と、人物の人生背景設定の描写力、すべてが整っている。欲を言えば、整いすぎな面がある。もう少し情熱を前に出して行く方が、この作品のためになるかもしれない。もう一つ言えば、序盤の終わり付近でやや中だるみがあった。長編であれば、あの部分は中だるみではなく必要なものだが、30枚の短編の場合は、やや欠損に映る。次は長編を読んでみたいと思う作家だった(一般社団法人文藝協会賞)

『清州の風』 南理維

藤吉郎と信長の時代を描いた時代小説であり、作者はかなり書き慣れているのではないかと感じる。方言の使用、時代小説特有の言葉まわし、時代小説特有の文章割りなどが出来ており、ある意味、現代流行っている時代小説とは乖離しており、旧来の時代小説故の復古をみているようだった。今現在主流でないのは良いことだ。この点を長所として押し出してほしい。また、モチーフ選定もとても良く、読者に寄り添って執筆されている。台詞一つをとっても、誰が話しているのか、その背景も無意識的に描き出されており、余韻も最良のものだった。是非、このまま書き続けて欲しい。(一般社団法人紀州文藝振興会)

『おやすみの代わりに爪痕を』 水流苑まち

情感設定がうまい作者だと感じる。情感を伝える場合、「普通の人が思いつくけれども、あまり力を入れて描かない部分」を丁寧に書き切ることが必要だ。大抵の作者は、それを最後までできずに、もっと自分をよく見せたい欲がでてきて、最後で尻すぼみしてしまう。この作者の場合、一つ一つのエピソードを綺麗に着地させ、丁寧に次のエピソードに行くことができる。男と女の感傷についてかたる文章は、ややもすると情感に訴えすぎて外連味がでるが、この作者はよく制御している。今後の課題は、200枚から300枚の長い小説を書けるようになることであり、短編とはまた別の制御が必要になるため、よく己の状態を吟味した上で是非書き続けていってほしい作者である(一般社団法人紀州文藝振興会)

『それでも、ぼくは幸せだった』 高木智視

欠落から個性が生まれるが、その意味でも、かなり個性的な作品だった。読者からの評価は二分されるだろうが、作者には、この路線で突っ走って欲しい。難点としては文章量に対して出てくる人物が多すぎることだが、それを補ってあまりある個性が見え隠れする。通常の作者の場合、小学校生活について語る時、この作者ほどの分量は書けない。このいくらでも具体例が出てくる点は、語彙力と記憶力と経験値の賜物であり、一番強い長所となり得る。(一般社団法人紀州文藝振興会)

『ヨウシュヤマゴボウ』 中山彷徨

「短編を書くときは、うしろから書け」と言われることがある。最後の帰結から逆算して、その帰結に向かうために、どんなテーマ・登場人物・モチーフが最適化を考えろということだ。この作品は、その部分をきちんと理解して書かれていた。短編を書く時には、テーマもモチーフも減らして行かなければいけないが、「火」というテーマで最初から最後まで貫通しているため、止まることなく読み進められる。一点だけ注意を促したい点は『ヨウシュヤマゴボウ』というタイトルだ。すでに大御所になっていても、タイトルには気を遣う。いくつも案を出してみて、最適なものを選ぶようにしてほしい。ともあれ、良作だった。(一般社団法人紀州文藝振興会)

『心なくしたこころざし』 緒方あきら

ある日、元ベストセラー作家の昔のノートを買い取りたいという新人作家がやってくる。やがて新人作家はヒット作を次々打ち出すようになるが……という筋立て。ラストのドンデン返しがあり、文中に散りばめられた「創るとは何か」という問題提起によって、読者は飽きずに読み進められる。作家が書く、「作家とは何か」の文章は、外れがないということを再認識した。ただ、少し人物がこじんまりとし過ぎている。短編は長編になるように。長編は、短編を作れるように作って良ければ、もっと上に行けるだろう。(一般社団法人紀州文藝振興会)

『かしずく、手』 野月よひら

幻想文學は、ワンアイデアあればいい。ワンアイデアが読者の心に残るものであれば、それは、良い幻想文學だ。とは言っても、『かしずく、手』以外にもいくつか系統の似ている小説の応募があった。その中で受賞できたのは、作者の持っている世界観の、ある種の冷たさによる。幻想文學を志す者は、頭が良すぎるのか、なんでも描写しようとして失敗する。描写するべきではないものを、いかに無感覚ながら理解できるかが決め手である。この辺りは、作者にとっては無自覚のうちに、描写するものと、しないものを分けているだろうからクドクドしく褒めることは、かえって作者の今後の妨げになるように思う。今後は、地文をもう少し丁寧に、読者に届くものに変えてみえるとよりよくなるだろう。(一般社団法人紀州文藝振興会)

『壊れた風見鶏』 芳仲優馬

セックスと恋愛をテーマとした作品が多い中、唯一の佳作入選作となった。セックスと恋愛は読者に訴求しやすいテーマだが、すでに先達者がかなりいるし、実際にセックスと恋愛がテーマの作家というのも少ないから、どこか作品内容とのズレが生まれる。だが、この作者は、文体・台詞・状況全てにおいて、恋愛とセックスをテーマとしても違和感がない。装飾過多な文章も、焦燥感を引き立てるために役に立っている。(一般社団法人紀州文藝振興会)

『神様がいたとして』 百門一新

原稿に添えてもらう履歴書は、ライティング依頼のためにあるようなものだ。どこに住み、何の仕事をしているかによって、新しい仕事を依頼する余地のあるなしを計算する。訴求効果の高い経歴や職業や居住地であれば特に、記入しないことは損になる。その意味でも、この作者は格別だった。自分の履歴書的特性をよく理解し、それを長所として作品に起こしている。もちろん、作品の起承転結や、キャラクターの掘り下げも上手い。地の文が続くところがままるため、その点を修正した上で、自分の長所をさらに押し出して行って欲しい(一般社団法人紀州文藝振興会)

『去来華』 森江塁

時代小説というより、歴史小説。実在の人物を出しながら、うまく短編のなかでまとめあげてりう。人情味よりも、モチーフに取ったものの説明が多くなる場合、上長になることもある。が、この作者はきちんと、丁寧な文章でモチーフを切り取りきった。他にも応募があったが申楽の話が一番起承転結がしっかりとしていた。歴史小説は今は空席が大きい。他の作家があまり書こうとしなかったものを、どんどん書いて、次につなげてほしい。良い作品だったし、良い作家だった。(一般社団法人紀州文藝新興会)

『羊と夜と霧』 長良川

はじまりの一行目で惹きこまれ、その後もところどころに光るものがある。反面、文章表現と台詞の創り方はまだ幼い点がある。たとえば1台詞内の文章量を多くするときには、意図をもって行う必要がある。地の文が続く部分があるが、読者が楽しむためにはどうしたらいいかを考える必要がある。今すぐ即戦力になるかという質問があれば、NOと答えるほかない。しかし、台詞に無駄がないこと、文章技術と描写力、描写するべきもののバランス、主人公以外の人物が主人公に教えてくれる言葉の数々。作者が生まれた時からもっているか、生育環境で得たセンスが強すぎる。今後技術面を磨いていくことで、センスの受け皿を作って言ってほしい。今後の期待値を込めて、佳作受賞とする。(一般社団法人紀州文藝振興会)

『残夏』ハシバ柾

「死」をテーマにした小説は数多い。受賞作のなかにもいくつかあるが、受賞するか、できないかの境目は、距離感が正しいか否かによる。「死」に対する冷静さを失っては「死」は描けないし、熱さを喪いすぎてもやはり「死」をメインテーマにする意味がない。その意味で、よい距離感で描き切った作家だった。欠点としては、「視点のブレ」と台詞の前後の改行。通常であれば落選しているかもしれない重大な欠点だが、青春小説としての出来栄えと主人公たちが語る内容の訴求性の高さ、余韻の良さの3点の長所を持って入選としたい。もっと書き慣れてドンドン成長していって欲しい若い作者だ(一般社団法人紀州文藝振興会)

『I see your face before me.』枯堂

大きな問題を描く時、「3世代で書くこと」「女性視点で書くこと」は訴求効果を高めやすい。「3世代の女性」というものを効果的に使った良作。当時の情勢や知識についてもきちんと書かれているため好感が持てる。問題点としては、視点の切り替えが唐突な事、長編にした方がよいこと、各話の文体の相違への違和感が強い事が上げられる。特に3話目の文体は露悪的になり過ぎており、現実を描写しきれいていない。また、2話目で女子同性愛を描くことの必要性は今作においてはない。問題点もあるが、それぞれの時代への考察・人物の背景設定に関してはやはり群を抜いているし、このテーマを選んだことも作者の個性と考える。次は視点を統一しながら長編を目指して欲しい。(一般社団法人紀州文藝振興会)



 

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