Kino-Kuni文學賞 特別連載時代劇 第2話

『真田幸村異聞~躑躅の首~』
 

 慶長十五年の春も、真田幸村は戦場で死する夢を見ていた。
 毎晩、幸村は違う戦場に身を置いていた。ある日の幸村は野戦で、火縄に撃ち抜かれ倒た。またある日は、大将の本陣に乗り込んで斬り伏せられた。そしてこの夜は、燃え盛る巨大な門を背に、敵と刺し違えて死んだ。
 起床した幸村の心は、庭を照らす朝日よりも晴れやかであった。

 ――なんて良い。おれが求める死に方だ。

 燃え盛る門を思い浮かべながら、幸村は軽い足取りで朝餉の席へと向かった。
 幸村は武将である。父親は、真田昌幸という。昌幸は、戦国一の強者と呼ばれた甲斐武田氏の重臣であった。幸村が生まれたのは、永禄十年の事である。その当時、織田信長は本拠地尾張の隣国美濃、そして伊勢を制圧した頃である。信長の天下人への道は、ゆっくりと固まりつつあった。
 長じて、天正十三年に幸村は元服を迎えた。その年、豊臣秀吉は、朝廷より正式に関白の地位を下された。四国を攻め取った秀吉は、更に九州と東北平定も目前に控えていた。当時の幸村は、数え十九である。普通、元服の儀は十五前後で行う。幸村は、余りにも遅すぎた。遅れた理由は、当時の幸村が、他の家へ人質に出されていたためである。領地沼田の四方を、当時関東を三分する大勢力に囲まれた真田氏を守るためだった。人と成っても、幸村に立てられる武功も勝ち取れる名声もありはしなかった。漠然とした不安を抱えながら、幸村は青年時代を過ごした。
 そして現在、慶長十五年。数え四十四の幸村は、枝垂桜の果てに世の蠢きを見ている。

「幸村、寒い。障子を閉めてくれ」

 病床に横たわる父親の昌幸から、声がかかった。幸村は障子を開け、庭の桜をぼんやりと眺めているところだった。物思いを妨げられた事に、やや不快を感じた。それでも、幸村は何も言わずに障子を閉め、父の枕元に坐った。このところ、幸村は縁側で一日を過ごす事が多かったが、咎められたのは初めてだった。
「よい、それでよい。今日は一段と冷える」
「故郷の信濃の方が、余程冷えていたでしょうに」
「それとは別よ。信濃の寒さは、儂のこの頭をきりりと冴えわたらせた。しかし、九度山の寒さはただ身に、そして懐に迫る。おお、寒い寒い」
 掻巻を身に寄せて、昌幸はクク、と低く笑った。幸村もまた、つられて笑い返した。父親の痩せこけた頬は、見る度に胸元が痛む。だが、そこに現れる笑窪は、信濃で城主を務めた往年の勇将そのままであった。
「家康にこの九度山へ流されなんだら、これほど寒い思いもしなくて済んだのになあ」
「しかし、父上は紀伊はお好きと聞いていますよ」
「そう。それだ! 家康がこの九度山を選んだのは、儂が紀伊が好きと知ってだろうな」
「幾らなんでも、まさか」
「分からんぞ。何せ、あの家康はずる賢い古狸だ。徳川の家と幕府を維持するためなら、何でもするだろうさ」

 眉を吊り上らせて言う昌幸に、幸村は笑い声で相槌を打つ。すると、親子のどちらからともなく、腹の虫が声をあげた。

「そろそろ、昼餉の時間ですかね。おれは催促に行ってきます」
 頼んだ、と昌幸はいたずらに手を合わせる。それを笑いながら、幸村は厨房に向かった。一陣、ざっと山風が吹き抜ける。猫の額ほどの庭に、桜の雨が降るのを横目に見ていた。
 幸村と昌幸の父子が、この九度山に屋敷を得たのは、慶長六年の頃である。その一年前に、天下分け目の大合戦となった関ヶ原合戦が勃発した。規模の大小問わず、全国の諸勢力が東軍の徳川家康に付くか、西軍の石田三成に付くかで大きく揺れた。それは、当時信濃上田城主であった昌幸も同様であった。三成の挙兵を聞いた時、昌幸は家康の軍に従って関東にいた。しかし、それを引き返して自城に戻ってまで、西軍に味方する事を決めた。

 ――儂は家康は好かん。何度か戦をしたからこそ思う。家康の智略は見事だ。しかし、儂の血が騒がんのだ!西軍に勝ち目が無いのは、明らか。それでも、なお挙兵する石田の血気の方がよほど好みよ。

 上田に引き返す道中、昌幸は馬上からそう叫んでいた。後に従う幸村も、それは同じだった。

 ――嗚呼、世が乱れる。戦が起きる。武功が立てられる。おれも、武将として名を挙げられるのだ!
 当時既に三十三の幸村の胸は、初恋に溺れる小僧のように浮き立っていた。そして、自分自身の人生を振り返っていた。二十代のはじめは、人質として過ごした。二十半ばになっても人質の立場は変わらず、今度は豊臣秀吉の元で働いた。豊臣傘下となった十年間のうち、幸村は小田原の北条氏攻めにも参加した。関東屈指の巨大な城を、日本中の武将が攻めた、非常に大規模な合戦だった。それでも、幸村は活躍の場に恵まれなかった。他の武将が続々活躍するのを、少数の手勢とただ眺めている事しかできなかった。華やかな武の華が咲き誇るのを遠くで見詰めながら、幸村の二十代は終わった。鬱屈した思いを抱え過ごした数年であった。やっと巡ってきた機会は、あまりにも壮大で夢に満ちている。上田の城に辿り着き、軍備を急ぎ整えながら、やってくるだろう東軍の兵どもを、幸村はまるで長年の恋人であるかのように待ち焦がれていた。

 だが、その幸村の夢を壊したのは、父親の昌幸だったのだ。

 当時の昌幸は五十三である。体こそ老いてはいたが、頭は老獪さという武器を得てより研ぎ澄まされていた。昌幸は、かつて武田信玄の重臣であった。武田家臣時代の昌幸は、真っ向からの武力よりも、智略で敵を圧倒していた。それは、この上田城の合戦の時も同じであった。狙い通り、関ヶ原に向かうため江戸から下ってきた東軍を、昌幸は迎え撃った。東軍四万に対して、真田の兵はわずか三千であった。まして上田城は堅牢とはいえ、大規模な城という訳でもない。幸村でさえも、大きい犠牲はやむを得なかろうと見ていた。しかし、蓋を開ければ、昌幸の大勝だった。まず昌幸は、開城を迫る東軍を、のらりくらりと返事を待たせる事で苛立たせた。そして、東軍が我慢できずに猪突猛進に城に攻め入ってきた所を、鉄砲隊や伏兵によって袋叩きにしたのである。単純といえば、単純かもしれない。だが、それを完璧にやり遂げるのは並大抵の事ではないのは、戦国に生きる武将なら誰もが実感として知っていた。
 真田の家紋の六文銭の幟旗と、信玄ゆかりの赤い具足の集団――赤備えの兵たちは、徳川方を見事に追い返した。

 この時の幸村の記憶は、這う這うの体で兵を引く東軍の背と、天守からそれを見下ろして高笑いする父親の背ばかりであった。

 上田城の合戦は、西軍の昌幸親子の圧勝に終わった。だが、天下を得たのは、東軍の徳川家康だった。当然、敗北した西軍の諸将には厳しい処罰が下された。昌幸と幸村もまた、当初は死罪を言い渡された。だが、家康の重臣の娘が、幸村の兄の妻であることが幸いした。兄の懸命な助命嘆願もあり、親子は紀伊国九度山への蟄居という処置で済んだのである。江戸城で対峙し、その罰を言い渡した時の家康の顔を、幸村は今でも時折夢に見る。今は別れた最初の妻よりも、色濃くこびり付いて離れなかった。
 その苦い夢からも、十年が経つ。
「近々、花見にでも参りますか」
 昼餉の世話をしながら、幸村は昌幸に提案した。時折咳き込みながらも、調子よく匙を口許に運び続ける昌幸の様子に安堵した為であった。幕命による蟄居という体ではあるが、厳戒な監視が置かれているという事ではない。外出そのものは、比較的自由だった。
「花見か。もうそんな時期か」
「まだ少し蕾ですが、人気がなくてよいでしょう」
「ああ、そうだな」
 昌幸は納得したと見え頷いたが、それ以上は何も言わなかった。味噌汁の椀をぐい、と飲んで、それで父子の昼餉の席は終わった。
 ――父上は近頃、気落ちしていると見える。
 夜が更け、一人自身の座敷に寝そべりながら、幸村は父の顔を思い浮かべた。戦国の世を闊達自在に生き抜いた男だけに、九度山に籠って過ごす事は何よりの苦痛なのであろう。それは、息子の幸村も同じ思いであるからこそ、痛切なまでに伝わってきた。まして、昌幸はこの数年で病を患ってしまっていた。近頃は、寝所で一日を過ごす事も珍しくは無い。蟄居当初は、紀ノ川で釣りに興じたり、紀伊藩の城下町を巡り歩いた日もあったのだ。和歌浦天満宮の長い石段を我先にと駆け上がる昌幸の姿は、ありありと記憶に焼き付いている。それを思えば、今の弱った昌幸の姿はあまりにも痛々しかった。
 何より、幸村自身がこの生活に苦悩していた。監視の目が甘い事すらも、自分が世から捨て置かれていくような苦痛を感じていた。

 ――どうにかしたい。だが、徳川の世は既に固まりつつある。関ヶ原のように、世を二分にするような大乱が起きぬ限り、おれたちではどうにもならない。

 幸村の胸中に、濃く、燻った煙が立ち込めていく。だが、縁側から覗く夜空は、あまりにも静謐だった。

 

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