「和歌の浦短歌賞」藤原審査員インタビュー

~今、私が生きているこの時代。この時代をよむために言葉を好きになり、短歌という表現方法の奥深さで自分を表現してほしい~

――短歌界の大御所、藤原龍一郎様。短歌を始めたきっかけは何でしたか?
19歳の時に中井英夫さんの著書『黒衣の短歌史』という本を読んでいわゆる教科書に載っているのとは異なる塚本邦雄や春日井建や寺山修司の短歌を知って現代短歌の魅力を知ったことから、自分でもつくりたいと思いました。

 

――藤原龍一郎様の短歌も、教科書に載っているものとは違う斬新なものが多いですね。短歌を作る上で心がけていることは何ですか?
私は「同時代」をつねに意識しています。今、私が生きているこの時代です。もう一つは、私が「東京」という都市に生活していることも、重要なモチーフです。都市生活者である「私」の喜怒哀楽、生活の陰翳を短歌に詠っています。

 

――藤原龍一郎様の短歌には、素直な感情が詠みこまれていることが多いですね。現在は短歌以外の多様な表現があります。その中で短歌を作っていく上で、気を付けていることは他にもありますか?
自分の短歌は文学でありたいということです。ポピュラリティを意識した読み物的な短歌に私は興味がありません。同時代の純文学の作家が書いている小説と、文学性に関して遜色のない短歌をつくり続けているつもりです。

 

――今、藤原龍一郎様はどのような歌人を目指していらっしゃいますか?
この複雑な時代に短歌という表現を選び取ったことは、韻文で自己表現を成就するという強い覚悟が必要です。短歌がどれほど奥深い表現力をもった詩形式かということを作品自体で表現できる歌人でありたいと思っています。

 

――「和歌の浦短歌賞」に際して、藤原龍一郎様から短歌を初めて作る方へのメッセージをお願い致します。
短歌の韻律である五七五七七というリズムは、実は日本語の基本的なリズムとして、日本人の身体には沁み込んでいます。難しいと考えずに、まず、言葉を発して短歌を作り始めてほしいですね。

 

――藤原龍一郎短歌中~上級者へのメッセージをお願いします
短歌はある程度作り慣れると、苦労せずにフレーズがわきあがってくることがあります。しかし、それはむかし自分が作った短歌の一部分であったり、雑誌や歌集で読んだ他人の歌の一部分だったりすることがあります。

 

あんまりすんなり出てきたフレーズは、すぐに歌にせずに、本当に自分が思いついたものかどうかを確認してからつかう方がよいです。これが類想、類歌を避ける、いちばんの方法です。 

――ありがとうございます。今回短歌賞開催の決まった「和歌の浦」は藤原龍一郎様にとってどんな土地でしょう?
古代からの歌枕ですから、俗っぽくない景勝地だと思います。海と陸のバランスのよい、歌心を刺激してくれる場所だと思います。

 

――最後に藤原龍一郎様から「和歌の浦短歌賞」に応募する方々に向けてメッセージをお願いします。
短歌をつくることは、言葉を好きになり、短歌という詩形式を好きになること
です。どうか言葉を、短歌を好きになって、あなただけの新鮮な短歌を応募してください。


藤原龍一郎審査員 プロフィール

1952年福岡県生まれ。3歳の時に東京に移住。19歳の時に中井英夫著『黒衣の短歌史』を読み、現代短歌に強い興味を抱く。1972年「短歌人」入会。現在、編集人。1990年、AMラジオ局のディレクターである「私」の日々の哀歓を抒情的に詠った「ラジオデイズ」30首により、第33回短歌研究新人賞受賞。歌集に『夢みる頃を過ぎても』、『東京哀傷歌』、『嘆きの花園』、『19XX』、『切断』、『花束で殴る』、『東京式』、『楽園』、『ジャダ』。ほか、詩人の柴田千晶とのコラボレーション詩集『セラフィタ氏』がある。